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0.はじめに

  0.1 品詞
  0.2 いくつかの用語 [文・単語][述語・補語][修飾][基本形][句・節][分析の対象]
  0.3 「補語-述語」と「主題-解説」
  0.4 文の種類
  0.5 これからの予定
  記号・略号の説明
[補説§0]

この本は日本語教育のために、現代日本語の文法を考える本です。
この本では「単語」よりも「文」を重視します。ですから、初めから「文」を扱います。現実に日本語を使う場合、「文」が基本の単位になりますし、日本語教育でも、教科書の第一課から「文」の形で入っていくことが多いからです。日本語にはどんな「文」の型、「文型」があるのかを考えます。
「単語」をその形の特徴・文の中での働きによって分類したものを「品詞」と言います。文法の本は、この品詞の意味用法の解説(「第一章 名詞」というように)から始めることが多いのですが、この本ではそうしません。
とはいっても、「文」を説明する時には、どうしても品詞名を使わなければなりませんし、その品詞名がわからないと、説明もわからなくなります。それで、ここでほんの少しだけ品詞についての紹介をしておきます。


0.1 品詞
この本で使う主な品詞名は次のようなものです。かんたんな説明と、語例をつけておきます。

(説明に出てくるいくつかの文法用語は、すぐ後でまた説明をします。)

1.名詞・・・・後に「が」「を」「に」などがついて、補語になる。
・述語になる場合は「だ」がつく。「代名詞」も含む。
・    例 ・日本 ・ 佐藤 ・ 木 ・ 愛 ・ 動き ・ 重さ ・ もの ・ こと ・ 私 ・ あれ

2.ナ形容詞・・・・述語になり、基本形が「-だ」で終わる。
・また、名詞の前に来る場合は「-な」の形になる。
・例 ・きれいだ ・ 親切だ ・ ひまだ ・ かんたんだ / 親切な人

3.イ形容詞・・・・述語になり、基本形が「-い」で終わる。
・基本形のままで名詞の前にも置ける。
・例 ・大きい ・ やさしい ・ 悲しい ・ ない / 大きい本
・(単に「形容詞」と言った場合は、ナ形容詞・イ形容詞の両方を指します)

4.動詞・・・・述語になり、基本形が「-u」で終わる。
・例 ・書く ・ 壊す ・ 悲しむ ・ できる ・ いる ・ ある

5.副詞・・・・述語を修飾する。
・例 ・ゆっくり ・ とても ・ ずっと ・ まだ ・ たぶん ・ なるべく

6.連体詞・・・・名詞を修飾する。
・例 ・その ・ こんな ・ あらゆる ・ ある ・ ろくな ・ たいした

7.接続詞・・・・文と文、名詞と名詞などをつなぐ。
・例 ・そして ・ けれども ・ さて ・ なぜならば ・ および ・ または

8.助動詞・・・・述語の後につき、さまざまな意味を加える。
・例 ・らしい ・ そうだ ・ だろう ・ まい
・(助動詞の範囲については、「補説§0-5」を見てください)

9.助詞・・・・名詞について、述語との関係を示したり、語と語をつないだり、述語の後につけて意味を加えたりする。
・例 ・が ・ を ・ に ・ の ・ と ・ から ・ より ・ ので ・ は ・ も ・ ね

10.感動詞・・・・呼び掛けや応答・あいさつのことばなど、文の他の部分から独立したことば。
・例 ・ねえ ・ はい ・ いいえ ・ こんにちは ・ さようなら ・ じゃ

0.2 いくつかの用語
[文・単語][述語・補語][修飾][基本形][詞・句・節][分析の対象]

品詞の説明の中に、他の専門用語が出てしまいました。基本的な術語の説明に他の術語が出てしまうと、結局堂々めぐりになってしまうのですが、うまく避けることは難しいことです。
 ここで、それらを含めて、文の成分(全体を構成する部分)と、成分同士の関係についてのいくつかの用語をかんたんに説明しておきます。

[文・単語]
 「文」「単語」という概念は、文法全体の基礎になるもので、多くの議論があるところです。(基本的な概念ほど、実は根本的な問題を多く含むものだということは、他の学問分野にも共通してみられることです。)

 ここでは、そういう議論には踏み込みません。常識的な共通理解があるものとして、話を先に進めます。(なお、どんな問題があるのかに興味のある方は第一部の終わりに付けた「補説§0-4」を見てください。)
 さて、上に出て来た専門用語の中でまず説明をしておきたいものは、「補語」「述語」「修飾」と「基本形」の四つです。

[述語・補語]
おそらく、世界のどの言語にも、動詞のようなものと、名詞のようなものがあると思われます。そして、その動詞と名詞とを組み合わせて文を作り、外界の事象や自分の意思・感情などを表現していると考えられます。その、文の中心になる動詞を、文の成分としては「述語」と言い、動詞と一緒になって事がらを表現する名詞を「補語」と言います。(英文法で言う「補語」とは違います。ここの「補語」は、英文法の「主語・目的語・補語」全部をまとめたものです。)

 この「述語」になれる品詞は、言語によって違います。日本語の場合は、形容詞や「名詞+だ/です」も述語になることができますが、英語では名詞や形容詞も「be動詞」という動詞が必要ですから、述語は全部動詞だと言えます。また、朝鮮語の文法は日本語と似たところが多いのですが、形容詞が動詞の中の下位分類として見なせる点が違います。
 日本語では文の終わりに述語があり、その前に補語がいくつか並びます。つまり、大まかに表せば次のようになります。
     補語(+補語)+述語
 日本語で補語になるのは「名詞+助詞」の形が普通です。
例1 昨日、駅前で火事があった。
この例では、動詞「あった」が述語、「昨日・駅前で・火事が」はすべて補語です。補語には必須のものと副次的なものがあります。述語「あった」に対して「火事が」は必須です。「あった」だけでは(文脈・場面で補われない限り)一つの文としてある事柄を表しているとは言えませんが、「火事があった」とすれば、一つの事柄の描写として成り立ちます。

それに対して「昨日・駅前で」は付加的な情報で、補語として副次的なものです。よりくわしく事柄を説明していますが、それがないと文が成立しないというものではありません。(これは、文の構造についての話であって、実際にその文が使われる場面で、何が重要な情報か、という話とは別です。くわしくは「4.3.1 補語の型」や「4.5.1 所デ」を見てください。)

 必須補語は「Nが」だけではありません。「行く」では「Nが・Nへ/に」、「食べる」では「Nが・Nを」が必須補語です。補語については「4.動詞文」と「6.補語のまとめ」でくわしく取り扱います。


単語の分類である「品詞」と、「文の成分」の呼び名である「述語」や「補語」との関係がわかりにくいかもしれません。建物でたとえれば、「材木」という材料が、家の成分(部分)としては「柱」になったり、「床板」になったりするようなものです。また逆に、「床」という成分は、場合によって「材木」だったり「タイル」という材料だったりするわけです。文の場合は、「補語」や「述語」が「成分」の呼び名で、それを形作る材料が「名詞」や「動詞」という「品詞」です。例を下にあげます。
 
    私の       辞書は      ここに      あります。
    名詞+助詞     名詞+助詞     名詞+助詞     動詞+接辞      [品詞]
    修飾語      補語       補語       述語      [文の成分]
 
 (「ます」のところの「接辞」については「補説§0-5」を見てください。)

[修飾]
「修飾」というのは、ある言葉が他の言葉をくわしく説明したり、限定したりすることを言います。例えば、次の例では「その」が「火事」を、「やって来た」が「消防車」を、「すぐに」が「消し止められた」を、それぞれ修飾しています。そして、「修飾語」という文の成分になっています。
例2 その火事は、やって来た消防車によってすぐに消し止められた。
 修飾についてのくわしい話は「10.修飾」でします。

[基本形]
それから、「基本形」という用語について。これは、動詞や形容詞のように文の中での使われ方によって形が変化する言葉の、他の形の用法と対立する、最も機能の多い形につけられた名前です。動詞や形容詞の形の変化と(これを「活用」と呼びます)その使われ方については、「21.活用・活用形」で述べます。動詞とイ形容詞の基本形は、辞書に使われているので「辞書形」と呼ばれることも多いです。ただし、ナ形容詞だけは基本形から「だ」をとった形が辞書に載せられています。

[句・節]
 次に、文の分析の単位についての用語を二つ。

    「句」とはいくつかの単語がまとまってある品詞と同じような働きをするものに使われます。名詞句・副詞句の例を下にあげます。

   本         名詞
   私の本      名詞+助詞+名詞   名詞句
    ゆっくり      副詞
   とてもゆっくり  副詞+副詞      副詞句

   「節」は、「補語+(修飾語)+述語」のまとまり、つまり文に相当するようなまとまりが文の一部となったものを呼びます。くわしくは「45.複文について」以下を見てください。

 
[分析の対象]
 なお、分析の対象とするのは、現代日本語(東京方言)の話し言葉(ただし、比較的整った形の、つまり初中級の日本語教科書の会話のような)、及び話し言葉に近い書き言葉(初中級の日本語教科書の読解のための文のような)とします。本当の、録音された会話や、複雑な、かなり凝った書き言葉の文章などを分析する場合の問題は、この『概説』が扱える範囲を超えています。

 また、「話し手」という言葉で、文章の「書き手」も含めて言うことにします。また、「聞き手」という言葉で「読み手」も含めて言います。

0.3 「補語-述語」と「主題-解説」

上で、「補語」と「述語」という用語を紹介しました。この「補語-述語」の関係が、基本的な文の骨組みとなります。文というものは何かを述べているものです。その文を形作るさまざまな成分の中で、述語が何かを「述」べる中心になる語で、補語はそれを「補」う語です。そのほかのもの、例えば「修飾語」は、文の骨組みという点では、副次的なものです(補語の中にも副次的なものがあります)。先ほどの例、

     その火事は、やって来た消防車によってすぐに消し止められた。

で言えば、「消し止められた」がなければそもそも文になりませんが、「すぐに」はなくてもいいものです。

    ×その火事は消防車によってすぐに。
     その火事は消防車によって消し止められた。

 また、必須補語がなければ、(文脈などからわからない限り)そもそもどういう事柄なのかわかりません。

    ?消防車によってすぐに消し止められた。

しかし、「補語-述語」以外に、文の構造に関するもう一つの重要な見方があります。でき上がった文の、いわば静止した状態の骨組みではなく、その文が文脈(話の流れ)の中でどのように使われているか、という点に注目することから見えてくる構造です。上で使った例をもう一度出します。

1.昨日、駅前で火事があった。
2.その火事は、やって来た消防車によってすぐ消し止められた。

初めの文では「火事があった」と起こった事がらをそのまま述べています。2の文では、その「火事」を取り上げて、それについて説明を加えています。そのことは、2の文を次の3の文と比べるとはっきりします。

3.消防車がやって来て、すぐその火事を消し止めた。

この文は、2の文とは違い、1の文と同じように、起こった事がらをそのまま述べています。この3の文を1の文に続けると、

     (何が起こった?)
     「火事があった」
     (次に何が起こった?)
     「消防車が火事を消した」

というつながりになります。

2の文は違います。「火事」を話の中心にして、それに対する疑問に答えています。2の文は、1の文を受けて、

     (何が起こった?)
     「火事があった」
     (火事はどうなった?)
     「火事は消防車によって消された」

というつながりを作ります。

この例の「火事は~」のように、ある語を取り上げて、それについて何かを述べるような形の文を「主題-解説」型の文、略して「主題文」と呼びます。そしてこの「火事は」のような「名詞+は」を「主題」と呼びます。以上のように考えると、日本語の文は、2のような主題文と、1や3のような主題のない文、「無題文」の二つに大きく分けられることになります。

以上のように、「補語-述語」という文の骨組み以外に「主題-解説」というとらえ方で日本語の文について考えることは、非常に重要なことです。そうすることによって、上の例2と例3の違いを知り、それらをうまく使い分けるための規則、つまり主題文と無題文を適切に使うための文法を記述することができるのです。

 上の例2では、「火事は」はこの文の主題であると同時に、「消された」という述語の補語になっています。二つの機能を果たしているのです。この二つの機能の重なりを理解することが、日本語の文の構造を理解する上で必要なことになります。

 たぶん、英語などの文法では、このような考え方をあまりしなかったと思います。それは、英語などではこの「主題-解説」という構造がはっきりした形で表されないからです。日本語では、「名詞+は」という、非常によく使われる形がこの「主題」を示す役割を持っています。日本語の文法を考えるには、そのことに特に注目する必要があります。

0.4 文の種類

文の種類についても少し考えておかなければなりません。上で、「主題文」「無題文」という聞き慣れない用語を使いましたが、もっと一般的な文の分類があります。外国語を勉強すると、「疑問文・命令文・否定文」などという呼び方が出てくると思います。それらの他にもいくつかの「~文」があり、整理すると、次のようになります。

1.文の(対人的)機能によって
・平叙文 例 私は行きます
・疑問文 あなたは行きますか
・命令文 (君が)行け

2.判断の肯否
・肯定文 私は行きます
・否定文 私は行きません

3.述語の品詞によって
・名詞文 私は日本人です
・形容詞文 私は頭が悪いです
・動詞文 私は行きます

4.文の複雑さ(述語の数)
・単文 私は行きます
・複文 私は食事をしてから行きます

1の「疑問文・命令文」は、「ムード」(第2部)の中でとりあげます。

「平叙文」というのは、「疑問文・命令文」に対して、「ふつうの文」を呼ぶ時のことばです。

2の「肯定文・否定文」は、他の言葉で説明しにくい用語です。述語が「-ない」や「-ません」の形になるのが「否定文」、そうでない文が肯定文、とします。「否定」も「ムード」の中でとりあげます。

4の「単文・複文」は、述語が一つの文が単文、述語が二つ以上ある複雑な文が複文、です。複文は第3部でとりあげます。

3の「名詞文」などは、さきほどの「述語」の品詞によって文を分類したものです。これは英語教育では使われない言葉かもしれませんが、日本語教育では必要な考え方です。

 日本語のさまざまな文法事項(時の表現や副詞の用法やムードの表現、特に主題を表す「名詞+は」の使われ方など)が、この「名詞文/形容詞文/動詞文」という分類と密接な関係があります。この本も、この分類によって文を分け、それぞれの説明から話を始めることにします。


0.5 これからの予定
これから、上でかんたんに述べた「文の構造」を考えて行きます。
文の構造の骨組みは「補語-述語」の関係です。それを述語の品詞によって三つの型に分けます。

上で述べた「名詞文/形容詞文/動詞文」です。これらを「基本述語型」と呼ぶことにします。初めに全体を概観した後で、それぞれの説明に入ります。

その後で、それぞれに現れた「補語」のまとめをし、上で少し触れた「は」と「主題」についてまとめます。

さらに「修飾語」など、骨組みを豊かにする方法を考えます。

各章の終わりに「補説」を置き、本文で述べられなかったいくつかの問題を扱います。
 第2部以降は「複合述語」、「複文」、「文と文のつながり」とだんだん大きな単位について述べていきます。  

◆記号・略号の説明
1. 文の「文法性」を示す記号の使い方
 「×」は、その文が「非文法的」であること、言い換えれば、ほとんどの日
本語使用者が「日本語として間違っている」と感じるような文であることを示
します。
それは、その文だけの問題ではなく、設定された文脈にあっていない場合も含
みます。

    ×私はこれが本です。
        ×「あなたはどなたですか」「田中は私です」

 「?」は、「×」とするほどではありませんが、不自然に感じられるものです。

    ?この辞書は日本語のです。(「日本語の辞書です」の意味で) 
        ?「どれがあなたの本ですか」「これは私の本です」

2. 品詞などの略号

   N  名詞(Noun)
   V  動詞(Verb)
   A  形容詞(Adjective)

   Na  ナ形容詞(Nominal adjective, na-adjective, Adjectival noun)
   Ai  イ形容詞(i-adjective)

   ~  文型表示の中では、すべての述語(動詞・形容詞・名詞述語)
          (例文中では、「以下省略」の場合もあります)

     例:  NのN
         V-たい(です)
         A-そうだ
              Na-かもしれない
         Ai-かった
         ~と思う 
      (それぞれの記号がどのような活用形になるかは、その環境によります)

      /  置き換えられる語句の間に使用
          例:  私は/が 行きます。(「私は」または「私が」)
          大きいの/こと はいいことだ。(「大きいの」「大きいこと」)
 
     ( ) 省略可能な語句、補足説明
     例:  この人(だけ)が来てくれた。(限定)

  


[補説§0]
§0-1「日本語」について
§0-2「文法研究」の考え方
§0-3 言語・記号・意味 
§0-4 文法・文
§0-5「単語」について   [助詞][助動詞][接辞]
§0-6 品詞分類表 
§0-7 助詞の分類

 ここで、本文では省略してしまった基本的ないくつかの問題について述べる
ことと、各項目の補足的な説明をします。


§0-1「日本語」について
 この本は、「現代日本語文法概説」という名前にしましたが、この「現代日
本語」というのは何を指すのかということについて一言。
 一般に「日本語」というと、何のことわりもなく、東京方言を指すことが多
いのですが、それは現在の「共通語」あるいは「標準語」として東京方言が使
われているというだけのことで、多少なりとも言語学的な視点をもって書かれ
るべき本では、「日本語の文法」として、東京のことばだけを対象にして、何
ら不思議に思わないのは正しくないというべきでしょう。岩手のことばも、沖
縄のことばも、共に「日本語」であることは誰も否定できないでしょうから。
 むろん、実際には、すべての方言を同等に記述することは、このような本で
は無理ですし、東京方言を記述するのは、「前書き」にも書いたとおり、いち
おう理由があるのですが、そこで、ほんの少しでもそのことを振り返って考え
直してみることが必要だと思います。すべてを東京中心に考えてしまわないた
めに。
  これは、ただ便利だから、という理由で英語を世界共通語とすればいいと考
えたり、外国語として学ぶことばが英語にばかり偏ってしまったりすることと
共通した考え方がその底にあります。
 言語は、それぞれの地方で独自の文化と共に育ってきた大切なもので、かん
たんに取り換えたり、捨ててしまったりできないものです。強いもの、中心的
なものを選び取って、効率を重視して済む問題ではないのです。では、方言や
「世界共通語」の問題をどうすればいいのか、というのは、かんたんに答えの
出ることではありませんが。


§0-2「文法研究」の考え方
 私は、文法研究の考え方として次のようなことを考えています。
 文法研究は、人間の頭の中にある「文法」を記述することが目標なのですが、
その完全な形をそのまま研究対象とするのは、相手が大きすぎて難しい面があ
ります。そこで、次のような、何らかの点で「不完全な」文法を考えてみます。

 1 子どもが自分の母語を習得していく際には、どのような段階を経ていく
  のか。子どもは、発達の段階で、文法習得が不完全な状態でも、周りの人
  間とどんどん情報伝達を行っている。その際の文法はどのようなものか。
  (第一言語習得の問題)

 2 外国語(第二言語)を習得する際には、どのような順序で文法を学習し
  ていくと効率的か。その文法はどのような形で記述されるべきか。学習者
  は、多くの場合、不完全な文法のままその言語を使用する。その文法はど
  のようなものか。
  (第二言語習得の問題)

 3 人工知能が言語を使えるようにするためには、どのような文法を与えた
  らよいか。人工知能に与えられる文法は、どのみち不完全なものである。
  それでも、一通りのコミュニケーションを行うためには、その文法はどの
  ようなものでなければならないか。
  (自動言語処理の問題)

  これらは、目標となる完全な文法の不完全なモデルを、それぞれの段階で作
っていきます。それぞれ、その「不完全さ」には違いがあるでしょう。
 以上の中で、第二言語習得のための文法記述ということを考えながら、この
本を書きました。


§0-3 言語・記号・意味
 
 日本語は世界に数千もあると言われる言語の中の一つです。
 そして、その「言語」とは、難しく言えば、意味・情報伝達のために人間が
築き上げてきた「記号の体系」です。  
 記号とは、ある形式(感覚でとらえられる形)を持ち、それにある意味(頭
に思い浮かべる何か)がついているものを言います。かんたんな例としてよく
あげられるのは交通信号です。道路にあって、三色が一つの組(体系)になっ
て、赤は停止、青は進行可能、黄色は注意を表すという意味を持っています。
 言語は、音声や文字、手話などの形式によって意味を表す記号体系です。

 記号は実際に使用されることで、機能を果たします。記号の使用者が、その
記号を使うことによって、その記号の持つ意味を他の人(その記号の意味を理
解する人)に伝えます。
 しかし、記号自体を発するだけでは、何らかの「情報」が伝わったことには
なりません。ここで言う「情報」とは、それによって人が何かを判断したり、
行動したり、考えたりするために使われうるもの、とします。かんたんに言え
ば、「何かの役に立つもの、それが情報である」ということです。

 たとえば、ある人が「イヌ」とポツンと言っただけでは、それを聞いた人は
その言葉をどう解釈していいかわかりません。「イヌ」という「単語の意味」
はわかっても、それを話し手が口にすることによって、何を伝えようとしたの
かがわかりません。イヌがいたのか、イヌに気をつけろということなのか、そ
れがわからないと、この「イヌ」という言葉は、「情報」としては「意味がな
い(何も伝わらない)」と言わざるを得ません。
 例えば、「イヌと猫とどっちが好きですか?」と聞かれて、「イヌ。」と言
ったのなら、これは「イヌが好きだ」ということを表しているのだと理解され
ます。(ここで、「。」を付けてあることに注意してください。この句点は、
「イヌ」という言葉が、文として、ある情報として成り立っているということ
を示すことにします。)

 このように、言葉を使う際には、「何かが伝わる」こと、そのように言うこ
とが求められます。そしてそのためには、ある場面、ある文脈(それまでの話
の流れ)があって、それにあった形で言葉を使わなければならない、というこ
とです。
 しかしまた一方で、場面・文脈を離れても成り立つ「意味」というものがあ
ることも事実です。たとえば、道に落ちていた紙切れに、

     向こうで和夫が待っている。3時までに行ってほしい。 健一

と書いてあったとします。これを拾ったあなたは、「向こう」とはどこなのか、
「和夫」「健一」とは誰なのか、「3時」とはいつの3時なのかわからなくて
も、ある「意味」をこの文から読みとることができます。それは、「健一」と
いう人が誰かに「和夫」に関するある情報を伝え、ある行動をとることを求め
ている、ということです。
 このメッセージの本来の受け手である誰かは、これを読んで何らかの行動を
とるでしょうが、偶然拾って読んだだけのあなたは、何もしようがありません。
しかし、あなたがこの紙切れから読みとった「意味」は、本来の受け手が読み
とる「情報」の中核的な部分であることは間違いありません。

 これを場面から切り離された「文の意味」と考えます。ここで定義した「文
の意味」は、実際の言語使用の中から抽出される、多少とも抽象的なものです。
 先ほどの「イヌ。」との違いは、素材となる形式が単語でなく、述語と補語
の完備した、「文」としての内部構造を持った形式だということです。単語は、
場面・文脈の支えがあれば、「文」としての機能を果たす(ある情報を伝える)
ことはできますが、場面・文脈を離れると、あるまとまった情報を表せません。
道に落ちていた紙切れに、「いぬ」と書いてあっただけでは、何もわかりませ
ん。
 
そもそも、それが「犬」を表す単語を書いたものかどうかもあやしいわけです。
 「文の意味」とは、単語の寄せ集めではない、文脈を離れても何らかの、人
から人へ伝わるあるまとまった情報を持つような形式の意味、とします。


§0-4 文法・文
 文法は、文を作るための法、つまり規則のことです。
 そこで、文法を考えるためには、まず文の定義つまり「文とはどのようなも
のか、どういう形式を持っているのか」ということから考えなくてはなりませ
ん。
 上に述べたような「情報」の一まとまり、単位が「文」です。言い換えると、
文とは、人が何らかの情報の伝達、あるいは(聞き手を必要としない)単なる
表出(心に思ったことを外に出す)の際に、一つのまとまった情報として区切
れるような、情報の単位です。

 文には2種類あります。述語文と、未分化文です。
 述語文は、述語のある文です。人間は、表したい事柄の内容・性質を考えて、
事柄をいくつかの種類に分け、それぞれに適当な述語を使って表現します。
 「事柄の種類」というのは、ものとものとの関係か、ものの性質か、ものの
動きか、などです。
 それを表す述語には、名詞述語、形容詞述語、動詞述語の3種があります。

 述語文は、一つの事柄を全体的に未分化なままで表すのではなく、述語と補
語の組み立てによって分析的に表します。具体的な例は、次の「文の成分」の
ところで出します。

 未分化文とは述語のない文で、感動詞だけの文や、名詞およびそれを修飾す
る語句がつけられた文などです。「あら!」「はい。」「きれいな花!」など
が未分化文の例です。

 述語文は、話し手が聞き手に伝えたい情報(あるいは、聞き手を意識せずに
自然に出てしまった言葉)を一つのまとまりとして表しています。
 未分化文もある情報を持っているので、情報の一つの単位としてみとめるこ
とができますが、前に述べたように、文脈を離れると、その意味内容がはっき
りしなくなることがあります。

 およそ術語の定義の方向には二つあります。一つは意味・内容からで、もう
ひとつは形式からの定義です。
  日本語の文とは、これこれの意味を持ったまとまりである、というようなの
が前者の例で、聞いた時にはそれなりになるほどと思いますが、それだけでは、
文と文でないものを迷うことなく分けることはできません。「意味を持ったま
とまり」あるいは「まとまった意味」というものをきちんと定めることができ
ないからです。
 「断片的な意味」と言えそうな例。

     ほら、これ。
     あ、飛行機雲!
     え?ほんと?うっそー!

 これらのどれを「文」とするか、すべてを文と見なすか、あるいはすべてを
「完全な文」とは言えないとするか、判断の分かれるところです。

 また、次のような場合もあります。
     私もそう思っていた。現場を見るまでは。
 
 この例は、一つの文が「倒置」されたとも言えますが、言い方によっては二
つの文と考える必要もあります。

 次は、文の終わりを示す句点「。」を使うべきか、文の途中の切れ目を示す
読点「、」を使うべきか迷う例。

     ええ。そうですねえ。そうかもしれませんが・・・。でもねえ・・・。
        (ええ、そうですねえ、そうかもしれませんが・・・、でもねえ・・・。)

  以上のような例をどう考えるかは、「文」を、多少とも抽象的な理論の中の
単位と考えるか、実際の言語使用の中で決めることができなければならない単
位と考えるか、という理論的な考え方の問題に関係してきます。

  文を、しっかりした内部構造を持つ、実際の言語使用から抽象された理論上
の単位と考えると、上の「あ、飛行機雲!」のような例を「不完全な文」とし
て退けることがあります。文は述語を中心とし、補語(特に「主語」)をとも
ない、テンスやムードなどを備えたもの、となります。

 それに対して、実際の言語使用を重要視すると、「あ、飛行機雲!」のよう
な例は「一語文」「未分化文」「未展開文」などと呼ばれ、立派に文の一員と
して認められます。「補語-述語」の構造を持ったものは、「述語文」「分化
文」などと呼ばれて、その構造により詳しく分類されます。

 文をその内部構造の面から考えると、述語や補語(特に「主語」)の存在が
重要になりますが、伝達という面から考えると、断片的であっても何らかの情
報が伝わりさえすれば「文」と言える、ということになって、その構造よりも
「伝達の単位」であることの重要性が強調されます。

 文を、実際の発話の「後ろ」にある、静的な、個別の構造の壮大な体系の一
つの単位、と考えると、しっかりした内部構造を持つものとして考えたくなり
ます。これは、どちらが正しいか、という問題ではなく、それぞれの立場の違
い、目標の違いと考えるべきでしょう。


§0-5「単語」について
 単語の定義の問題は、文の定義とはまた少し違った面があります。文の定義
は人それぞれであっても、そのことが大きな議論の焦点になるということはあ
まりないようですが、単語の定義は、はっきりと対立した立場があり、そのど
ちらをとるかで単語というものに対する考え方が大きく違ってきます。
  その大きな違いは、助詞や助動詞をどう考えるかという点です。
 学校文法では、助詞と助動詞は「付属語」です。付属語というのは、単独で
発話できないものです。(ここで「文節」という独特の用語が使われるのです
が、そのことは省略します。)「まで」とか「ようだ」とかはふつう言えませ
ん。(ただし、「だろう?」などと言うことは時々ありますが)


[助詞]
 その助詞の問題をまず考えます。格助詞は名詞に付けて使われますが、それ
を名詞の一部と考えてしまうことができます。動詞が活用するように、名詞も
語尾が変化すると考えるわけです。

          本が 本を 本に 本と 本から ・・・

これらすべて、一つの単語の変化形と考えるのです。そしてまた、これらは文
の構成要素となります。

 学校文法(橋本文法)では、文の構成要素を単語とはせず、「文節」という
中間的な単位を考えます。その構成要素となるのが単語です。

 それに対して、格助詞を名詞の一部と考える立場では、単語は文の直接の構
成要素になります。

 これは、日本語の中で議論しても、どちらもそれぞれの根拠があるので、決
着が付きません。言語学の一般的な方法として、他のさまざまな言語も考慮す
るとどちらが適切か、という話になります。ヨーロッパの言語、特にドイツ語、
ラテン語などを考えると、それらの名詞屈折語尾と同様に考えることの利点が
でてきます。

 ただし、格助詞を単語として認めず、単語の一部としてしまうと、副助詞も
またそうなります。すると、次のような格助詞の重なりも、格助詞と副助詞の
重なった形も皆「一語」と認めることになります。

     三日までが(忙しい)
     彼だけからは(受け取った)
          彼女にさえも(言わない)

 結局、名詞の内部構造の議論が複雑になってしまいます。これまでの、複合
名詞、接頭辞・接尾辞などによる問題以外に、助辞(格助詞・副助詞などと呼
ばれてきたもの)の接合のしかた、その意味などを「語構成論」の中で取り扱
わなければなりません。


[助動詞]
 次に、助動詞の問題です。いわゆる助動詞をほとんど認めず、単語以下の接
辞と見なす立場があり得ます。この本もそれに近く、いくつかは動詞の活用形
の一部(活用語尾)、いくつかは活用する接辞としています。(活用・活用形
については「21.活用・活用形」を見てください)

 以下は学校文法で助動詞とされているものです。この本での扱いを右に付記
しました。

   せる・させる(使役)                        接辞
   れる・られる(受身)                          〃
      れる・られる(可能・自発・尊敬)              〃
      たい(希望)                                 〃
   たがる(希望)                                〃(たい+がる)
   ます(丁寧)                                  〃
   だ(断定)                                  助動詞(後述)
      です(丁寧な断定)                          助動詞(後述)
   ない(打ち消し)                            接辞
   ぬ(ん)(打ち消し)                          〃
   た・だ(過去・完了など)                    活用語尾
   そうだ(推量・様態)                        接辞
   らしい(推量)                              助動詞
   ようだ(推量)                                〃
   そうだ(伝聞)                                〃
   う・よう(意志・推量)                      活用語尾
      まい(打ち消しの意志・推量)               接辞

 助動詞としたのは、その前の述語が独立できる形となるものです。例えば、

     降るらしい

は「降る」+「らしい」となり、「降る」はそれだけで独立できる形です。そ
れに対して、

     降りそうだ

では、「降り」の形が独立できる形ではないと考えるのです。(ただし、「雨
が降り、風が吹く」のような場合もあるのですが、それはまた別の用法と考え
ます。ちょっと苦しいところですが。)

 一つの問題は「だ・です」の扱いです。これらは名詞につく助動詞としてお
きますが、「コピュラ」(連結詞?)のような名前を付けて新たな一品詞を作
ってしまう、という選択肢も考えられます。上の表にはありませんが、「であ
る」も同様に考えます。(学校文法では「である」は「で」(「だ」の活用し
た形)+「ある」と分析します。)

 最近の文法書では、形式名詞に「だ・です」のついた形を助動詞と見なすこ
とがあります。

     はずだ  わけだ  ものだ  ことだ 

これらは「ムード」を表す形式として「第二部」で扱います。

  なお、「助動詞」という名称は、「補助的な動詞」つまり動詞の一種だとい
うことでしょう(英語では Auxilialy Verb です)が、日本語では、上の例を
見てもわかるように、「られる・させる」などの他はどう見ても動詞の仲間と
は言えません。むしろ、「動詞(述語)を助ける要素」と解釈したほうがよさ
そうです。


[接辞]
 単語より小さい単位の一つについて少し説明しておきます。「接辞」と呼ば
れるもので、例えば次のようなものです。

     不-/無-/非-  不自由な、無理解、非文法的
    お-/ご-     お勉強、ご研究
    超-/新-     超高速、新発明 
    -化/-的/-形/-中    自由化、絶対的、受身形、食事中
    -ぶり/-おき   3日ぶり、3mおき、
    -さ/-み     重さ、重み
    -がる       うれしがる

 それ自体では独立した単語となれず、他の単語について意味を加えたり、文
法的性質を変えたりする(重い→重さ、自由な→自由化する)ものです。
 この本で述語の活用形としたものの一部には、「語幹」に接辞がついたもの
と考えた方がよいものがありますが、この本では便宜的に活用表の中に並べて
おきました。

     食べ-ない   なぐr-areru   食べ-させる

 (「なぐる」は「五段動詞」なので、「語幹」は「nagur」で、これはローマ
  字を使わないと表せません。くわしくは第2部の「活用」を見てください。)

 これらの接辞は、「学校文法」では助動詞とされているものです。


§0-6 品詞分類表 
 この本の品詞分類は、基本的に学校文法のものです。その分類の基準を示し
た表を国語辞典の付録から写しておきます。この『学研新国語辞典』は、付録
で学校文法をきちんとした形で述べているので、便利なものです。

品詞分類(『学研新国語辞典』による)
                                                            ┌─基本形がウ段 ・・・・ 動詞   
                        ┌─活用が・・単独で述語 │                             
                  │   ある          になる      ├─基本形が「い」・・・・ 形容詞 
                       │                (用言)    │                             
                       │                                  └─基本形が「だ」・・・・ 形容動詞
         ┌─自立語│                                                 
         │            │            ┌─主語になり  ・・・・・・・・・・・  名詞   
         │            │            │ うる(体言)                
         │            └─活用が│                                         
         │                 ない  │                           ┌─主として ・・ 副詞 
         │                         │              ┌─修飾語│ 用言修飾     
         │                         │      │  になる│                   
         │                         │        │     └─体言だけ ・・ 連体詞
  単語 │                         └─主語にな│                を修飾        
         │                              れない │                             
         │                                          │               ┌─接続語 ・・ 接続詞
         │                                          └─修飾語に │  になる         
         │                                              ならない │                 
         │                                                           └─独立語 ・・ 感動詞
         │                                                                になる         
         │                                                             
         │            ┌─活用がある ・・・・・・・・・・・・・・・ 助動詞
         └─付属語│                                                   
                       └─活用がない  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 助詞 

§0-7 助詞の分類
 次に、学校文法の助詞の分類を別の国語辞典から写しておきます。この表は
例語が多くのせられていて、副助詞や終助詞など参考になります。


助詞の分類(三省堂『例解新国語辞典』による)
        ┌─格助詞・・・・が、を、に、へ、で、と、の、から、より、まで、をば                    
              ├─並立助詞・・・・か、と、や、やら、だの、たり、なり、とか                       
   助詞─┼─準体言助詞・・・・の                                        
         ├─接続助詞・・・・が、し、て(で)、と、ば、から、つつ、ては(では)、
         │                      ても(でも)、なら、なり、ので、のに、ゆえ、くせに、 
      │                   けれど・けれども・たって(だって)、ながら、ものの、ところが、ところで       
             ├─副助詞・・・・は、も、か、こそ、さえ、しか、すら、でも、だけ、のみ、など、
       │                     まで、かも、きり、しも、ずつ、だの、とか、なら、ほか、 
             │                       ほど、くらい(ぐらい)、ったら、ってば、なんて、なんか、ばかり、どころで    
             └─終助詞・・・・か、かい、かな、かしら、と、さ、ぜ、ぞ、って、ったら、ってば、
                              とも、な、なあ、ね、ねえ、の、もの、ものか、や、よ、よう、わ

 「準体言助詞」の「の」というのは、この本では「形式名詞」に入れておいたものです。

    並立助詞の「たり」は、この本では活用語尾としました。

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